小さなことかもしれないけれど夢が叶ったことと、うつ病になって知ったたくさんの幸せについて、今日は書きたいと思います。
昨日、節目節目に力をいただいた、著名人の方のイベントに行ってきました。
いつかお会いしてお礼を直にお伝えできたらいいな、と以前から思っていました。
今回は見るだけのトークショーでしたがこちらに来られる情報を知って、「行きたいな」と思いました。
でも、
- 人込み大丈夫かな
- 待ち時間、体力持つかな
- 交通費かかるなぁ、昼食代も
そんな思いがすぐさま頭に浮かびました。
答えが出ないまま前日を迎え、なお答えが出ない。
「勇気を出して行ってみようかな…」と思ったら、その方にお会いできる(というか見るだけですが)緊張と、人込みや体力が大丈夫かの緊張で、ドキドキ。
イベント前に疲れないようにお昼をどこで食べるかなど、想像できる限りの想定をして、行ってきました。
行けて、よかった。
心配していた体調も大丈夫でした。
お会い出来て、色々な思いが込み上げて、泣きそうになりました。
離婚問題で辛かった時に彼女を知り、うつ病になってしばらくした時にも彼女の言葉に助けられました。
私にとって、辛い時に力を下さってきた存在なのです。
彼女にお会いできた喜びだけでなく、こうしてイベントに参加できたことも私には大きな一歩で、そのことも嬉しくて。
以前こちらに来る情報を見ても、当時の私はとても行ける状態ではなくて、
行けたら、どんなにいいだろう。
と思っていました。
彼女にお会いすることが、小さいかもしれないけれど、うつ病を患っている私には夢というか希望の一つでした。
それが叶って、嬉しかったです。
うつ病を患って、それまで当たり前に出来ていたことが困難になって、
それまでの当たり前は当たり前でなくなりました。
回復過程で、負担を感じずに出来るようになったこと一つ一つに、感謝して喜びを噛みしめています。
洗濯物を干せて幸せ~なんてうつ病以前には思ったことがなかったけれど、
辛さを感じることなく洗濯物を干せた時、幸せだと思いました。
うつ病を患ったことで、たくさんの幸せに気づけました。
- お風呂でくつろげること(辛い時はくつろぐ感覚がわからなかった)
- 美味しいと感じられること(辛い時は美味しいという感覚がなかった)
- 本を読めること
- 音楽を聴けること
- 笑えること
- 自然や花を美しいと思えること(辛い時は何とも思わなかった)
- 体が重くないこと(うつが辛かった時は重力何倍かと思う重さだった)
- 人と笑顔で話せること(一番ひどい時は宅急便も受け取れなかった)
- 家族がいてくれて、共有したり笑い合えること
などなど。
これらの気づいた幸せは、心に深く刻みたいと思っています。
当たり前なんてないのだと、身に沁みて感じました。
うつ病がものすごく辛い時期には、希望をなかなか持てないものだと体験から思います。
そういうときは、ただただ、なんとか一日一日を凌いで生きていけたらいいのだと思います。
少しずつ回復してきて、「いつか、〇〇出来たらいいな」ともし感じることが何かあったら、それはどんなに些細だと感じることでも、希望になるのでは、と思います。
まだ辛さがけっこう残る時期には、それが遠く感じるかもしれないけれど、
じっくり休養しながら、出来ることをしながら過ごして行くと、
ゆっくりかもしれないけれどその「いつか」に近づいているのだと思います。
私はまだ友達とランチやお茶することにハードルがあるので、いつか出来たらいいなと、長い目で楽しみにしています。
出来そうなことから一つ一つ。
出来るようになったタイミングがきたことから、やってみるのがいいのではないかと思っています。
皆さまのお話を拝読していて、やはりうつ病は共通するものもあるけれど十人十色で、人によって何が先に大丈夫になってくるかは異なるような気がしています。
それぞれの、大丈夫になってきたことから、一歩ずつ。
じっくり、ゆっくり、行くことにいたしましょう。